ルネサンス音楽(1400〜1600)― 理論と譜例

前回の中世(〜1400)の続きで、今回はルネサンス(だいたい 1400〜1600 年頃)です。ピアノの学習メモを兼ねて、クラシック音楽を時代順に整理していく二本目になります。

年表でいうと、ヤン・フスがコンスタンツ公会議で焼かれた頃から、ジョルダーノ・ブルーノがローマで焼かれた頃まで。「人文主義」「人間の発見」と紹介される時代ですが、同じ200年のあいだに宗教改革と対抗宗教改革、異端審問、宗教戦争、魔女狩りが進みます。これから見ていく音楽も、その渦中で書かれています。

理屈に入る前に、まずはどんな響きなのか。ルネサンス(1400〜1600)のプレイリストにまとめました。

いちばん大きな変化は、3度

中世の音楽には、こういうルールがありました。

完全1度・5度・8度=神聖/3度=不完全

ルネサンスでは、ここが入れ替わります。

3度・6度も、主要な協和音程

同じ D の終止和音で聴き比べてみます。譜面の下の再生ボタンで鳴らせます(本来は声楽のための音楽ですが、ここではシンセの音で)。

前の和音は、真ん中がぽっかり空いた感じに聴こえます。この「3度が入らない、がらんとした響き」を空虚5度・空虚8度と呼びます。後ろは同じ D の和音に F を1つ足しただけですが、丸くて厚くなります。

「中世は乾いていて、ルネサンスは甘い」と言われるのは、この F が入るかどうかの差です。

甘くなった理由と、そのあとに起きたこと

英国から来た響き

きっかけは英国楽派だとされます。ジョン・ダンスタブル(Dunstaple、〜1453)らの、3度・6度を中心に据えた書法です。

これを聴いたブルゴーニュの詩人マルタン・ル・フランが、1441〜42年の詩《Le Champion des Dames》で contenance angloise(英国式の佇まい) と呼び、デュファイやバンショワがその響きに倣った、と書き残しました。ここから大陸の音楽が変わっていきます。

ダンスタブル本人がフランスに滞在したかどうかは、記録がはっきりしません。確かなのは、彼の作品の写しがイタリアなどに残っていることで、少なくとも楽譜が大陸に渡っていたのは間違いないところです。

半音を1つ足す習慣

もうひとつの流れが musica ficta です。名前はいかめしいのですが、やっていることは単純で、終わりの直前の音を半音上げるだけ。

なぜ上げるのか。半音上げると、その音は終わりの音とぴったり隣り合うので、「ここで終わった」という感じが強く出ます。この、終止音へ半音でくっつく音を導音と呼びます。

前半は古風で、まだ途中のような感じ。後半はきっぱり終わります。中世ではこれが終止の直前だけの例外でしたが、ルネサンスでは方々で使われるようになります。

そして半音を足していくと、旋法(長調・短調が生まれる前の音階のこと)は、だんだん長調・短調そのものに近づいていきます。ルネサンスの200年は、この移り変わりの期間でもあります。

最後は、正反対の方向へ

200年の終わりに、音楽は正反対の2つの方向へ進みます。秩序を突き詰めたパレストリーナと、半音階で調の中心そのものを壊したジェズアルドです。

ルネサンスの楽派の流れ。1400年頃の英国楽派(ダンスタブル)を起点に、3度・6度の響きがブルゴーニュ楽派(デュファイ)へ渡り、フランドル楽派(オケゲム、ジョスカン)で通模倣として体系化される。16世紀にはローマ(パレストリーナ)、スペイン(ビクトリア)、英国(タリス、バード)、ドイツ(イザーク)へ広がり、末期にヴェネツィア楽派(ガブリエーリ)の複合唱=バロックへの道と、イタリア・マドリガーレ(ジェズアルド)の半音階=近代和声への道に分かれる。

200年を通した流れ。いちばん下の二つの分かれ道が、ルネサンスの終わりです。

目次

響き

まずは音そのものの変化から。3度・6度が主役になり、旋法が長調・短調へ寄っていきます。

① 3度・6度の協和化

変わったのは、和音の積み方です。3度を含む和音を動く音楽のなかで使うと、こうなります。

注目は2つめです。鳴っているのは F の和音(F・A・C)ですが、いちばん低い音に F ではなく A を置いています。すると低音 A から見て、C が3度上、F が6度上。3度と6度だけでできた和音になります。

中世では、この形は通り過ぎるだけの音でした。ルネサンスでは、ここに留まって鳴らせます。この積み方を通り道に何度も使うのが、「甘い英国式」の正体です。

そして、3度が格上げされるのと入れ替わりに、格下げされた音程があります。完全4度です。

音程 中世 ルネサンス
3度・6度 不完全協和。通り過ぎるだけ 主要な協和音程になる
完全4度 完全協和。ユニゾン・オクターブに次ぐ扱い 最低声との間だけ不協和。上声どうしは協和のまま

中世の平行オルガヌムは、その完全4度と完全5度を重ねる書法でした。13世紀の理論でも、4度と5度はユニゾン・オクターブに次ぐ協和とされ、3度・6度より上位です。

これが15世紀に変わります。ヨハンネス・ティンクトーリスが《Terminorum musicae diffinitorium》(音楽用語定義集、1473)で、初めて4度を不協和に分類しました。

ただし全面的な格下げではありません。不協和になるのはいちばん低い声部との間だけで、上の声部どうしなら協和のままです。次ので見るフォーブルドンは、まさにその上声どうしの4度を使う書法にあたります。

② フォーブルドン

フォーブルドン(fauxbourdon)は、の甘い響きを機械的に並べ続ける書き方です。ブルゴーニュ楽派と英国楽派の定番でした。

やり方は単純で、中声は最上声の完全4度下をそのままなぞるだけ。あとは最下声を上声の6度下に置きます。すると、の3度+6度の和音が自動的に並び続けます。

最後だけ3度が消えて、空虚な5+8度に開きます。ここは中世の終止形が残っている部分です。

当時の楽譜には、中声のパートは書かれていません。上声と下声だけを記譜して、真ん中には「上声の4度下を歌え」という指示を置きました。ここでは分かるように書き出してあります。

日付のわかる最も古い例は、デュファイのモテット《Supremum est mortalibus》(1433年頃)です。

③ 12旋法へ

中世の8旋法に、ルネサンス中期で2つ加わります。グラレアヌス《ドデカコルドン》(1547)が Ionian(C-C)Aeolian(A-A) を数に入れました。長調・短調の原型が、理論の側にも認められた形です。

旋法 フィナリス(終わる音) テノール(軸になる音) 性格
Aeolian(IX) A E 自然短音階。短調の前身
Ionian(XI) C G 長音階。長調の前身

順序としては、理論が先ではありません。musica ficta で半音を足していった結果、ヨーロッパはすでに長調・短調に近い響きを聴いていました。グラレアヌスは、その実態に名前を与えたことになります。

3-1. エオリア旋法(A-Aeolian)

A で終わり、E を軸に歌う旋法です。終わりの直前で G を G♯ に上げると(musica ficta)、いまの短調とほぼ同じ終わり方になります。

3-2. イオニア旋法(C-Ionian)

C で終わり、G を軸に歌う旋法です。こちらは何も足さなくても、終句の B→C がそのまま半音になります。長調らしさが最初から入っている旋法です。

3-3. 中世から来た4旋法はどうなったか

Dorian・Phrygian・Lydian・Mixolydian も引き続き使われますが、半音を足す習慣が広まったぶん、長調・短調に寄っていきます。

旋法 加わる半音 行き着く響き
D-Dorian C♯(導音) A マイナーに近い短調
F-Lydian B♭(三全音回避) ほぼ F メジャー
G-Mixolydian F♯(導音) ほぼ G メジャー
E-Phrygian (そのまま残ることが多い) 旋法らしさが最後まで残る

ルネサンスの終わりには、旋法体系は実質的に長調・短調へ収束します。例外が Phrygian で、これだけが「教会的な暗さ」として残りました。ジェズアルドは後にこの暗さを、半音階で極端に増幅します。

書法

ここからは、声の重ね方の話です。中世は上下の役割が決まっていましたが、ルネサンスでは全員が同じ旋律を歌い回すようになります。

④ 通模倣

同じ旋律のかけらを、声部が順番に歌い継いでいく書法です。フランドル楽派(オケゲム、ジョスカン)の核になります。

まず短い旋律のかけら(動機、モチーフとも言います)を決めて、それを全声部が時間差で歌う。輪唱に近い感覚ですが、輪唱と違って、あとから入る声部は音の高さを変えたり、途中から自由に離れたりします。

下は2声に縮めた例です。下声が先に動機を出し、上声が1小節あとに追いかけます。

実際の4声では、これが Bass→Tenor→Alto→Soprano(または逆)の順に4回起こります。追いかけるときの音の高さは、オクターブ・完全5度・完全4度が標準です。

中世では、いちばん下の声部が聖歌を保ち、上が飾るという役割分担でした。全員が同じ旋律を歌う通模倣は、そこからの大きな転換にあたります。

動機の出し方には、いくつか決まった変形があります。

変形 やること
拡大模倣 後から入る声部が、音の長さを2倍にして追いかける
縮小模倣 後から入る声部が、音の長さを半分にして追いかける
反行模倣 動機を上下逆さま(上がるところを下がる)にして出す
逆行模倣 動機を後ろから読んで出す

どれも中世末期のカノン(マショー《Ma fin est mon commencement》など)の延長にあります。

⑤ 定旋律ミサ

既にある旋律を土台に据えて、ミサ全体を組み立てる書法です。この土台を定旋律(カントゥス・フィルムス)と呼びます。

15世紀ブルゴーニュ楽派のミサでは、これをテノルに、極端に引き伸ばした長さで置きました。1音を4倍の長さで鳴らすので、聴いていても旋律とは気づきにくいくらいです。その上を他の声部が自由に動きます。

決定的に新しいのは、この土台が世俗の歌でもよかったことです。デュファイ《Missa Se la face ay pale》は、自作の世俗シャンソンの旋律をそのままミサのテノルに据えています。

流行り歌を、そのまま神の音楽として歌わせる。世俗を教会の内側に取り込むやり方でもありました。

⑥ パラフレーズミサとパロディミサ

で見た土台の使い方が、ここから2段階で自由になります。

段階 土台の使い方 代表
定旋律ミサ テノル1声部に、長い音価で置く デュファイ《Se la face ay pale》
パラフレーズミサ 全声部に分けて、飾りながら使う ジョスカン《Pange lingua》
パロディミサ 既存の多声曲をまるごと組み直す パレストリーナ後期のミサ群

パラフレーズミサでは、土台はもう「テノルだけのもの」ではありません。同じ旋律の断片が、どの声部にも顔を出します。

パロディミサはさらに進んで、1本の旋律ではなく多声の曲まるごとを土台にします。既存のモテットシャンソンから、複数の声部が同時に作る形を、かたまりのまま引用するやり方です。

たとえば、モテットにこういう2声の組み合わせがあったとします。

これをミサに持ち込むとき、2声の関係はそのままに、下へ新しい声部を足して組み直します。

上で鳴っている2声は同じなのに、低音が付くと和音の性格が決まって、聴こえ方が変わります。実際のミサでは、この引用から少しずつ離れて自由に展開していきます。

作曲家への敬意でもあり、もとの曲を使い回す効率のよさでもあって、教会音楽を量産できるようにした技法でもあります。

なお、世俗の歌を土台にすることには、16世紀の教会改革の議論のなかで批判も出ました。ただし、それを禁じる規定が公会議で作られたわけではありません(→ )。

終止形

フレーズの閉じ方です。中世では声部の動き方の規則でしたが、ルネサンスでは「和音の並び」としての終止形が育ちます。

⑦ musica ficta

当時の楽譜は、臨時記号(♯や♭)をほとんど書きませんでした。書かなくても、演奏者が習慣どおりに補ってくれるからです。この、書かれていない半音の上げ下げmusica ficta です。

いちばん多いのが、終わりの直前で導音を作る操作です。旋法が違っても、やることは同じです。

もうひとつが三全音の回避です。F と B を続けて鳴らすと、中世から嫌われてきた不安定な響き(三全音=増4度)になるので、B を B♭ に下げて完全4度に直します。

B を natural のままにするか B♭ に下げるかは、マドリガーレでは歌詞の単語ごとに切り替えられました。硬い言葉には B natural、柔らかい言葉には B♭。歌詞の意味で音を選ぶという発想は、後のテキストペインティング(⑪)につながります。

⑧ カデンツ集成

いまの音楽で使う終止形は、ほぼこの時代に出そろいます。中世のクラウズラ・ヴェラダブル・リーディングトーン・カデンツを引き継ぎながら、新しい形を足していきました。

なお、以下の譜例に添えた V–I などのローマ数字は、後の時代に作られた分析用の記号です。当時の音楽家がこの記号で考えていたわけではありませんが、位置を掴むのに便利なのでここでも使います。

ルネサンスの終止形の系統。中世のクラウズラ・ヴェラは、ルネサンス前期にダブル・リーディングトーンとして残存したのち、Authentic(V–I)へ置き換わる。中世のフリギア終止はそのまま継承され、短調の V–i へ機能化する。ルネサンス末期にはさらに Plagal(IV–I)、ピカルディの3度、回避終止が加わり、バロックの機能和声へつながる。

中世の終止形が、どこへ流れ込んだか。

8-1. Authentic Cadence(V–I)

いちばん耳なじみのある終止です。低音が5度下行(または4度上行)して、終わりの音に着地します。いまのポップスでも使う「ソ→ド」の動きです。

8-2. Plagal Cadence(IV–I)

讃美歌の最後の「アーメン」で鳴る終止です。低音が4度上行(または5度下行)します。上の V–I より柔らかく着地します。

8-3. Phrygian Cadence

中世から引き継いだ終止形です。低音が半音下がり、上の声部が全音上がって、両側から挟み込むように閉じます。ルネサンス末期には、短調の途中で息をつく形として定着しました。

8-4. ピカルディの3度

暗い曲なのに、最後の和音だけ明るくする終止です。A マイナーで進んできた曲の最終和音を、A-C♯-E(A メジャー)にします。ルネサンス期に現れて、バロック以降も使われ続けました。

名前のほうはずっと後で、ルソーの音楽辞典(1768)が初出とされます。実践が200年ほど先を行っていたことになります。

8-5. 回避終止

終わると見せかけて、わざと外す終止です。低音が終止音へ行かず、別の音に逸れます。

C へ帰るはずが A へ逸れます。マドリガーレモテットでは、歌詞がまだ続くと聴かせるためにこれを使いました。

規範:パレストリーナ様式

⑨ 5つの決まり

トレント公会議(1545〜63)が音楽について決議に残したのは、第22総会(1562)の一項だけです。

オルガンであれ歌であれ、淫らで不純なものを含む音楽は、教会から排除すること

歌詞の聴き取りやすさや、世俗の旋律を使うことの是非は、会議の場で議論はされました。ただ、決議の文面には入っていません。「公会議が多声音楽を禁止しかけ、パレストリーナ《教皇マルチェッリのミサ》がそれを撤回させた」という有名な物語も、19世紀(1828年のバイーニによる伝記)に広まったもので、裏づけは見つかっていません。同ミサの作曲は1562年頃、出版は1567年です。

とはいえ、パレストリーナの音楽が「教会音楽の手本」として受け取られたのは確かで、後の対位法教育(フックス《Gradus ad Parnassum》1725)は、この様式を教材に組み直したものです。主な決まりは5つ。

規則 内容
跳躍後は反進行 大きく跳んだら、逆方向へ隣の音づたいに戻る
不協和の予備と解決 濁る音は前の和音から鳴らしておき、隣の音へ下ろして収める
平行5度・8度の禁止 同じ完全音程が続かないようにする
三全音の回避 F–B の並びを避ける(musica ficta で調整する)
声部の独立性 同じ方向へ動いて同じ音に着地しない、声部交叉を控える

ただし、この5つはフックスが200年後に教材として整理した形です。パレストリーナ本人が条文を持っていたわけではなく、その音楽から後世が抽出したものになります。実際の作品には、条文から外れる箇所もあります。

そのうえで、ひとつずつ悪い例と良い例を並べて聴いてみます。

9-1. 跳躍のあとは、逆向きに戻る

大きく跳んだら、そのまま同じ方向へ進まず、逆を向いて隣の音づたいに埋めます。旋律が跳ねっぱなしにならず、声で歌える線になります。

C から G へ5度跳んだあと、そのまま c、e と上がり続けます。声で歌うには苦しく、旋律が上へ飛んだきり戻ってきません。

跳んだあとを、逆向きの順次進行で埋めます。跳躍で空いた間を、歩いて戻る形です。

9-2. 濁る音は、前から鳴らしておいて、隣へ下ろす

不協和は、2つの声部を同時に鳴らしたときに濁って聞こえる間隔のことです。2度と7度が代表で、和音の名前(IV や V)とは別の話になります。解決は、その濁った声部を隣の音へ動かして、澄んだ響きに戻すことです。

濁ること自体は禁じられていません。禁じられているのは、濁る音へ跳んで入ることです。

2小節目の頭で、低音 E と上声 D が7度になって濁ります。上声はその直前まで G にいて、そこから D へ跳び込んでいます。濁りが何の前触れもなく現れるので、耳が身構えられません。

低音はそのままに、1小節目の上声だけを D に変えると、こうなります。

2小節目から先は、どちらの譜例もまったく同じです。違うのは1小節目だけで、そこで D を先に鳴らしてあります。

段階 何をするか 譜例では
予備 濁ることになる音を、濁る前から鳴らしておく 1小節目。低音 G に対して D は5度で、まだ澄んでいる
不協和 上は動かさず、低い声部だけを動かす 2小節目の前半。低音が E になり、D との間が7度
解決 濁った音を、隣の音へ下ろす 2小節目の後半。D が C へ下りて6度

1小節目の D は、低音 G に対して5度なので、まだ澄んでいます。それを伸ばしたまま、動くのは低音のほうだけ。上声は何もしていないのに、勝手に7度になる。だから濁りが唐突に聞こえません。

この形を掛留(サスペンション)と呼びます。予備の音を次の小節まで伸ばすので、音を伸ばした状態がセットになります。パレストリーナ様式で拍の頭に不協和を置けるのは、基本的にこの形だけです。隣り合う音を通り過ぎる途中の短い濁り(経過音)は、拍の頭でなければ許されます。

同じ扱いは、で見た「最低声に対する4度」にも当てはまります。

9-3. 完全5度・8度を続けない

2つの声部が完全5度や完全8度を保ったまま並んで動くと、2声が1声に溶けて聴こえます。片方を逆向きに動かして、別の音程へ移します。

低音 C→D に対して、上声も G→A と同じ向きに動きます。間隔が5度のまま変わらないので、2声が張り付いて聞こえます。

低音はそのままに、上声だけを逆向きに動かします。5度から3度に変わり、2声がそれぞれ独立して聞こえます。完全8度でも同じことが起きます。

9-4. 三全音を避ける

F と B の組み合わせは、同時に鳴らしても、続けて鳴らしても落ち着きません()。B を B♭ に下げて直します。

音を1つ半音下げるだけで、落ち着かない響きが消えます。

9-5. 同じ方向に動いて、完全音程へ着地しない

両方の声部が同じ向きに動いて、ユニゾンや完全8度・5度に着地すると、その瞬間だけ2声が1つに聞こえてしまいます。片方を逆向きに動かして着地します。

低音 G→C、上声 E→c。どちらも上へ動いて、そのままオクターブに着地します。着地の瞬間、2声が1つに溶けます。

低音はそのままに、上声を d から c へ下ろします。着地するオクターブは同じでも、両側から寄っていくので、2つの線が最後まで残ります。

5つに共通しているのは、声部どうしが溶けあわず、それぞれ独立した線として聴こえ続けることです。歌詞が聴き取りやすいという評価も、ここから来ています。

世俗曲

教会の外では、まったく別のことが起きています。歌詞が音楽の主導権を握りはじめます。

⑩ 各国の形式

中世末期の世俗曲は、詩の形が厳密に決まっていました(ballade、rondeau、virelai などのフォルム・フィクス)。ルネサンスの世俗曲は、そこから自由な形へ進みます。

形式 言語 特徴 代表
シャンソン 通作・4声、ホモフォニー寄り ジョスカン《Mille Regretz》
マドリガーレ 通作・5声、テキストペインティング ジェズアルド《Moro lasso》
リート テノルが定旋律を歌う、民謡素材 イザーク《Innsbruck》
ヴィッラネッラ 有節形式・4声、軽快 ラッソ《Matona mia cara》
フロットラ 有節形式・4声、簡素で和声的 トロンボンチーノ
カンツォーナ 自由・器楽化、後の器楽曲へ G. ガブリエーリ

表に出てくる通作有節形式は対になる言葉です。有節形式は、同じ音楽に歌詞だけ差し替えて繰り返す作り(唱歌や賛美歌の作り)。通作はその逆で、1行ごとに音楽を新しく書きます

マドリガーレは通作です。歌詞が変われば音楽も変わる、つまり形式より歌詞の中身が優先される作りになりました。

⑪ テキストペインティング

歌詞の意味を、音の形で絵のように描く書法です。「昇る」という歌詞なら旋律も上がる、「死」なら音を止める。16世紀イタリアのマドリガーレで体系化され、後に英国のマドリガル派にも伝わりました。

歌詞・概念 使う音型
昇天・上昇・希望 上行音型・上行跳躍
下降・嘆き・死 下行音型・下行半音
痛み・悲嘆 半音階・不協和音
死・終結 全休符(音を消す)
一致・調和 ホモフォニー(全員が同じリズムで歌う)
分散・離散 ポリフォニーへの拡散
速さ 細かい音価
永遠・不動 長音価・保続音
鳥の声 トリル風の装飾
鎖・束縛 連続するシンコペーション

パレストリーナ《Sicut cervus》は「鹿が水を慕い喘ぐように」という詩篇42の一節で、その「慕う」を上行音型で描きます。

ラッソの受難週モテット《Tristis est anima mea》は逆で、「わたしの魂は悲しい」を下行と半音で描きます。

同じ技法でも、使う量がまるで違います。パレストリーナは1オクターブの穏やかな上行に留め、ジェズアルドは半音階を崩壊するところまで押します()。

空間と逸脱

ルネサンス末期は、二つの方向に分かれます。空間へ広げる方向と、半音へ潜る方向です。

⑫ ヴェネツィア複合唱

複合唱(cori spezzati)は、合唱を2組に分けて、離れた場所から掛け合わせる書法です。16世紀の北イタリアの教会で広まりました。

とりわけよく合ったのがヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂で、離れた場所に2つのオルガン席があり、合唱体を分けて配置できました。1540年代に楽長を務めたヴィラールトが早い時期の実践者で、後にアンドレアとジョヴァンニのガブリエーリが広く知られる形にします。

基本は3部構成で、片方が歌い、もう片方が応え、最後に両方が重なります。

ガブリエーリ《Sonata pian’e forte》(1597)は、楽譜に強弱を書き込んだ最も早い例のひとつでもあります。ピアノ1台では空間の広がりまでは再現できませんが、高音域と低音域の対比、f と p の対比に置き換えると、それらしい感じは出ます。

⑬ ジェズアルドの半音階

もう一方の道です。カルロ・ジェズアルドとニコラ・ヴィチェンティーノは、和音を半音ずつずらしてどこが中心の音か分からなくするという、極端な半音階を試しました。

低音が C–C♯–D–D♯–E–F と半音ずつ上がっていきます。ひとつひとつは普通の三和音なのに、並べると足場が動き続けて、どこへ帰ればいいのか分からなくなる。ヴィチェンティーノはこの先へ行って、1オクターブに31の鍵を持つアルキチェンバロという鍵盤楽器まで作りました(古代ギリシャの音階を復元しようという試みでもありました)。

もうひとつが、和音同士の関係を断ち切る書き方です。

低音は同じ A のまま、上で C♯ が C に落ちます。明るい和音と暗い和音がすぐ隣に置かれるので、足元から性格が入れ替わります。で見た予備と解決の決まりは、ここでは守られていません。

ジェズアルド《Moro, lasso, al mio duolo》(1611)の歌詞は「私は死ぬ/なぜなら拷問されるから/私を生かしうる人は/嗚呼、苦しい/私を殺すのだ」というもので、これがそのまま半音階の崩壊として音になります。

なお、ジェズアルドは1590年に妻と愛人を殺害しています(歴史的事実として記録が残っています)。規範からの逸脱が、音楽だけでなく実人生でも極まった作曲家でした。

演奏で決まる部分

ルネサンス音楽には、楽譜に書かれていない部分が大きく残っています。ここを知らないと、譜面どおりに再現しても「きれいな対位法」で止まってしまいます。

⑭ ディミニューション

長い音符を、演奏者がその場で細かく割って飾る技法です。ジャズのアドリブに近い感覚で、オルティス《Trattado de glosas》(1553)やガナッシ《Fontegara》(1535)が、そのパターン集を書き残しています。

楽譜には、こう書いてあります。

演奏者はこれを、その場でこう割ります。

骨格は変わりません。1小節目は C、2小節目は E のまま。そのあいだを、隣り合う音で埋めていきます。

長い音を細かい音型で繋ぐやり方はパッサッジと呼ばれ、英国のコンソートやスペインのビウエラ音楽で多用されました。中世の装飾がカデンツ周りの揺れに限られていたのに対して、ルネサンスの装飾はフレーズ全域に展開できる体系になっています。

⑮ 演奏実践と地域差

演奏側が決める要素は、ほかにもあります。

要素 実際にどうだったか
musica ficta 演奏者がその場で半音化を判断する(終止前・三全音回避)
ディミニューション 書かれた音価を演奏者が割る
音律 いまのピアノの等分平均律ではなく中全音律。3度が澄んで響く代わりに、遠い調は大きく狂う
編成 a cappella が基本だが、実際は器楽が声部を補強・代用することが多い
ヴィブラート 声楽はノン・ヴィブラートが学術的な本流

地域ごとの響きの違いも大きいところです。

楽派 中心地 響きの特徴
英国 ロンドン、イートン 甘い3度・6度、ボーイソプラノ
ブルゴーニュ ディジョン 上声優位、シャンソン的な優雅さ、フォーブルドン
フランドル ブルージュ、カンブレー 厳格な通模倣、声部の対等性
ローマ サン・ピエトロ パレストリーナ様式、男声の a cappella
ヴェネツィア サン・マルコ 複合唱、強弱指定、器楽の参入
スペイン トレド、エスコリアル 神秘的で暗い和声(ビクトリア)
ドイツ ニュルンベルク、プラハ テノル・リート、民謡素材

ピアノで弾いてみるときの目安も、中世とは少し変わります。ノン・レガート寄りで、ペダルはフレーズを繋ぐぶんだけ。各声部を同じ強さで鳴らして、主旋律を突出させない。強弱はガブリエーリの f と p の対比を除けば、pp〜mp の範囲に収めると当時らしくなります。

まとめ:ルネサンスを特徴づける5つの要素

①〜⑮に出てきた特徴を、一枚に並べると次のようになります。

要素 ルネサンスでの扱い 生まれる響き
3度・6度 完全音程だけでなく、3度・6度を主要な協和音程として使う 甘い英国式の響き
模倣 ひとつの動機を全声部が時間差で提示する(通模倣) フランドル楽派の密度
musica ficta 終止前の導音化、三全音回避、ピカルディの3度 長調・短調への接近
テキストペインティング 歌詞の意味を音型で描く(上行=昇天、下行半音=悲嘆) 言葉と音の同期
規範と逸脱 パレストリーナの秩序と、ジェズアルドの半音階が同じ時代に並ぶ ルネサンス末期の振れ幅

用語集

ルネサンスの書法

用語 原語 意味
フォーブルドン fauxbourdon 定旋律を最上声に置き、中声をその完全4度下に、最下声を6度下に付ける3声書法。低音から見て3度+6度が連続する。
ファバードン faburden 英国の書法。既存の聖歌を中声に置き、その上下に声部を足す。定旋律が最上声にあるフォーブルドンとは、旋律の置き場所が違う。
通模倣 pervading imitation 全声部が均等に模倣へ参加するフランドル様式の規範。
定旋律 cantus firmus 曲の土台に据える既存の旋律。聖歌のことも世俗曲のこともある。
定旋律ミサ cantus firmus mass 定旋律をテノルに長い音価で置くミサ書法。15世紀ブルゴーニュ。
パラフレーズミサ paraphrase mass 定旋律を全声部に分散・装飾化したミサ書法。ジョスカン期。
パロディミサ parody mass 既存の多声曲全体を土台として再構成するミサ書法。16世紀後期。
パレストリーナ様式 prima pratica 16世紀ローマ楽派の厳格対位法。不協和の予備・解決、滑らかな声部進行。
musica ficta musica ficta 楽譜に書かれない半音化(演奏者の判断)。終止前の導音化と三全音回避が代表。
導音 leading tone 終止音へ半音でくっつく音。「終わった感じ」を作る。
テキストペインティング text painting 歌詞の意味を音型で描く書法。マドリガーレで頂点に達する。
複合唱 cori spezzati 2つ以上の合唱体を空間的に対置・統合する書法。16世紀北イタリア、とくにヴェネツィア。
ディミニューション diminution 書かれた音価を細かい音型に割る即興装飾。
パッサッジ passaggi 旋律を装飾的な音型で繋ぐ手法。ディミニューションの一種。
ホモフォニー homophony 全声部が同じリズムで動く書法。
ポリフォニー polyphony 各声部が独立して絡み合う書法。模倣も自由対位法も含む。
通作 through-composed 1行ごとに音楽を新しく書く作り。有節形式(同じ音楽の繰り返し)の対。
動機 motif 曲の素になる短い旋律のかけら。通模倣では、これを全声部が歌い継ぐ。
掛留 suspension 前の和音から音を保ったまま、周りが動いて不協和になり、隣の音へ下りて収まる形。予備・不協和・解決の3段階を踏む。
予備 preparation 不協和になる音を、不協和になる前から協和音程として鳴らしておくこと。
解決 resolution 不協和になった声部を隣の音へ動かし、協和に戻すこと。
経過音 passing tone 隣り合う2音のあいだを通り過ぎる音。短い不協和が許される数少ない場面。

音程

用語 原語 意味
協和/不協和 consonance / dissonance 2つの声部を同時に鳴らしたときの、澄んだ間隔と濁った間隔。2度・7度が代表的な不協和。
空虚5度・空虚8度 open fifth / open octave 3度が入らない、がらんとした響き。中世の終止形の核。
三全音 tritone F–B のような増4度。中世から嫌われ、musica ficta で B♭ に直された。
完全4度 perfect fourth 中世は完全協和。ルネサンスでは最低声との間だけ不協和として扱われる。

終止形

用語 原語 意味
Authentic authentic cadence V–I の終止。低音が5度下がって終止音へ。
Plagal plagal cadence IV–I の終止。「アーメン終止」。
Phrygian Phrygian cadence 低音が半音下がり、上声が全音上がる終止。中世から継承。
ピカルディの3度 Picardy third 短調の終止で、最後の和音だけを長3度にする。
回避終止 evaded cadence 期待される解決をわざと外す終止(V→vi など)。
ダブル・リーディングトーン double leading-tone 14世紀の中世カデンツ。ルネサンス前期まで残存する。

旋法と楽曲

用語 原語 意味
Ionian(XI) Ionian mode C-C の旋法。長音階の前身。グラレアヌスが1547年に追加。
Aeolian(IX) Aeolian mode A-A の旋法。自然短音階の前身。同じく1547年に追加。
グラレアヌス Heinrich Glarean スイスの音楽理論家(1488〜1563)。《ドデカコルドン》で12旋法を提唱。
中全音律 meantone temperament ルネサンスの標準的な音律。3度が澄んで響く代わりに、遠い調は大きく狂う。
マドリガーレ madrigal イタリア語の世俗多声曲。通作形式でテキストペインティングが多い。
シャンソン chanson フランス語の世俗多声曲。ブルゴーニュ系とパリ系がある。
リート Lied ドイツ語の世俗多声曲。テノル定旋律型が典型。
ヴィッラネッラ villanella イタリアの軽い4声多声曲。ほぼホモフォニー。
モテット motet ラテン語の宗教多声曲。ミサ通常文以外の歌詞を扱う。

参考

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