中世音楽(〜1400)― 理論と譜例

いまピアノを学んでいる最中で、これはその学習メモを兼ねています。クラシック音楽を、時代を追って自分なりに整理していきたいと思っています。一本目は、いちばん古い層――中世(だいたい 300〜1400 年頃)からです。

ミラノ勅令でキリスト教が公認されて以降、十字軍とか、百年戦争が始まった頃とか、その辺りの時代です。ピアノはまだ無く、音楽は声楽や古楽器が中心になります。(ただし、当時の音楽が聖歌で全部というわけではありません。民衆の歌や世俗の舞曲は、記譜されずに散逸したものが大半です。)

理屈に入る前に、まずはどんな響きなのか。中世(〜1400)のプレイリストにまとめました。

この時代の音楽には、こういうルールがありました。

完全1度・5度・8度=神聖/3度=不完全

完全1度・5度・8度は、鳴らすと乾いた、開けた響きになります。中世では、これが神聖な音とされました。

譜面の下の再生ボタンで鳴らせます(本来は声楽やオルガン・古楽器のための音楽ですが、ここではシンセの音で)。

一方、3度=不完全というのは、ドから見たミのことです。これは神聖ではない、とされていました。

実際に鳴らしてみると、3度も、じゅうぶん綺麗な音に聴こえます。なぜ不完全とされたのでしょう。

聴き比べると、完全1度・5度・8度は、2つの音がよく溶け合って、澄んだひとつの響きになります。8度(オクターブ)は、声の高い人と低い人が"同じ音"を歌ったときの関係。5度は、『きらきら星』の「きらきら」でポンと上がる、あの幅の音。どちらもよく溶け合います。3度もきれいですが、2つの音はもう少し別々に聞こえます。中世が神聖としたのは、この溶け合うほうでした。

当時の理論家は、これを一本の弦(モノコード)で確かめていました。弦をちょうど半分にすると、さっきの"同じ音"=オクターブが鳴り、3分の2にすると5度になります。どれも「半分」「3分の2」といった単純な割合で出てくる——中世はこの数の単純さ=神の秩序という結びつきを重んじ、音響神学として体系化したものらしいのです。3度はこの割合がずっと複雑なので、体系のなかでは一段下に置かれた、というわけです。

なぜ、そこまでして音を区別したのでしょう。聖歌の標準化は、ローマ=キリスト教世界を一つにまとめるためのトップダウンの文化政策でもあったらしいのです。伝承ではグレゴリウス1世の名を冠しますが、実態はカロリング朝の典礼統一プロジェクトだったとされます。

目次

単旋律

まずは単一声部から。旋法と、その上を歌う聖歌。

① 教会旋法

長短調が生まれる前の音階体系です。各旋法は フィナリス(終止音)テノール(朗唱音) の2つの軸音で性格が決まります。

グレゴリオ詩篇唱(psalmody)は、聖書の詩篇を朗唱するための最も素朴な聖歌です。朗唱音を軸に、始まりと終わりだけ節をつけて淡々と歌います。この節の旋律例は、どれもその骨格に沿っています。

区分 役割 動き
起句(initium) フィナリス付近からテノールへ 上行
テノール部(tenor) 朗唱音を軸に隣接音で揺れる 静止的
終句(terminatio) テノールからフィナリスへ段階的に 下行
フィナリス(finalis) 終止音に着地(長音価) 着地

各旋法の要点は次のとおりです。

旋法 フィナリス テノール 旋法固有の色
Dorian (I) D A 短調的だが♭6が無い「凛とした悲哀」
Phrygian (III) E C 主音上の半音(E-F)が生む独特の暗さ
Lydian (V) F C 増4度(F-B)の明るく不安定な響き
Mixolydian (VII) G D 長調的だが導音が無い古風さ

1-1. ドリア旋法(D-Dorian)― 凛とした悲哀

テノール= Aフィナリス= D。譜例のテノール部は、A を軸に、下の G・上の B で飾りながら唱える区間です(だから「テノール部(A)」)。下降する旋律でも、A→D の距離が「物語の落下感」を作ります。

1-2. フリギア旋法(E-Phrygian)― 最も中世的な暗さ

テノール= Cフィナリス= E起句の E-F 半音上行終句の F-E 半音下行が、Phrygian を「最も中世的」たらしめる核です。

1-3. リディア旋法(F-Lydian)― 増4度を含む明るさ

テノール= Cフィナリス= F起句の F-B の増4度ジャンプB-c の半音上行で、Lydian 固有の「浮揚感」が出ます。

1-4. ミクソリディア旋法(G-Mixolydian)― 導音のない明るさ

テノール= Dフィナリス= G終句の F→G が半音ではなく全音な点(導音不在)が、長調と決定的に違う「古風さ」を生みます。

② グレゴリオ聖歌風の単旋律

自由リズム・狭い音域・隣接音中心の動き・終止前の装飾。M:none で拍節を外します。

多声

聖歌に声を重ねはじめます。最初期のオルガヌムから、音符対音符の書法へ。

③ 平行オルガヌム(9〜11世紀)

聖歌の各音に完全4度または完全5度を平行に重ねた、最初期の多声音楽です。現代の耳に「中世感」を最も強く呼び起こす響きになります。

3-1. 平行4度オルガヌム

上声(vox principalis)に対し、下声(vox organalis)を完全4度下に平行させます。ただし全音階をそのまま平行させると、B と F の重なりだけが三全音になります。中世でも三全音は嫌われ、実際の平行オルガヌムはこの付近で音を変えて避けました。

3-2. 平行5度オルガヌム

3-3. 斜行 → 平行 の混合

下声を持続させて上声と離合させる、より進んだ手法です。聖マルシャル楽派から初期ノートルダム楽派への橋渡しにあたります。

④ 自由オルガヌム(メリスマ的・持続音テノル)

ノートルダム楽派初期(レオニヌス)の書法です。下声が原聖歌を極端に長く引き伸ばし、その上で上声が自由なメリスマを歌います。一音節に何十音もの装飾が乗ります。

⑤ ディスカントゥス(音符対音符)

13世紀の主要書法です。両声部がほぼ等価に動き、完全協和(1度・5度・8度)と不完全協和(3度・6度)が交替します。モーダルリズム第1旋法(長―短)の典型パターンです。

終止形

フレーズの閉じ方。中世は和音ではなく、声部の動きで終止を決めます。

⑥ 中世カデンツ(終止形)

中世和声の核心です。長短調の「V→I」とは違い、声部進行の規則として終止が定義されます。

音程の記号(M6=長6度、P8=完全8度=オクターブ、など)は、末尾の用語集にまとめました。

6-1. クラウズラ・ヴェラ(M6 → P8)― 2声の基本形

クラウズラ・ヴェラ(“真正の終止” の意)は中世の正規終止形です。フィナリスの直前に 長6度(M6) を作り、上声は半音上行・下声は全音下行で 完全8度(P8) へ開きます。D-Dorian では上声が C♯(musica ficta)になります。musica ficta は、中世の写本には記されず、演奏者が判断して半音上げた音のこと。譜では便宜上 ^c(C♯)と書きます。

6-2. クラウズラ・ヴェラ(m3 → P1)― 内向きの解決

直前に 短3度(m3) を作り、上声・下声が内向きに収束して完全1度(P1/ユニゾン) に着地する逆向きのパターンです。

6-3. ダブル・リーディングトーン・カデンツ(3声・14世紀)

カントゥス(最上声) の C♯ と コントラテノル(中声) の G♯ を両方とも半音上行させる、マショー期の典型終止です。最終和音は完全5度+完全8度の空虚な響きになり、中世的な響きの極致です。

3声のポリフォニーは、上から カントゥス(cantus, “歌う”)/ コントラテノル(contratenor, “テノルに対する”)/ テノル(tenor, “保持する”) です。テノルが聖歌の定旋律を持つ最下声で、その上に他声が重なります。

6-4. フリギア終止(下声が半音)

下声が半音下行し、上声が全音上行する逆向きのパターンです。E-Phrygian の F→E の下声半音が、独特の哀感を生みます。

⑦ ランディーニ終止形

14世紀後半、フランチェスコ・ランディーニ周辺で多用された装飾的な終止です。カントゥスが C♯ → B → D(導音→第6度への一時下行→主音)と、いったん下へ回り道してから解決します。

リズムと世俗の技法

リズムや世俗曲を形づくった仕掛けです。しゃっくり・持続低音・時間の構造化。

⑧ ホケトゥス

旋律を声部間で交互に分断する「しゃっくり」技法です。マショーの《Hoquetus David》が代表例です。

⑨ ドローン伴奏(持続低音)

ドローン(drone)は持続される低音です。原語は元来「雄バチの羽音」=唸り続ける音の意で、バグパイプの低音管・ハーディーガーディー・インド古典のタンプーラに共通する、原始的なハーモニーの形です。下声に主音または5度の持続音を置き、上声が旋法内を動きます。世俗器楽(リコーダー・フィドル・バグパイプ)の典型で、インストゥルメンタルの「中世 BGM」の核になります。

⑩ アイソリズム

ヴィトリ《Garrit gallus》に代表される14世紀の構造化技法です。リズム型(タレア)と音高型(コロル)を、長さを変えて別々に反復します。両者の周期がずれるので、同じ音でも巡るたびに違う長さで鳴り、最小公倍数の地点でようやく元に戻ります。テノールがこの仕掛けを担うのが典型です。

下の例は、タレア=1小節ぶんのリズム(♩♪♪♩、どの小節も同じ)、コロル=D-F-A の3音周期です。1小節は4音なので、3と4がずれて、音高が毎小節ちがう位置に来ます(小節頭が D→F→A と動く)。12音で一巡して、最初に戻ります。

まとめ:中世音楽を特徴づける5つの要素

①〜⑩に出てきた特徴を、一枚にまとめると次のようになります。

要素 中世での扱い 生まれる響き
音階 長短調ではなく、Dorian / Phrygian / Mixolydian などの旋法 教会的・古風
3度の扱い 主要拍・終止では避け、1度・5度・8度の空虚和音が中心 乾いた中世感
平行進行 4度・5度・8度の連続が禁則ではなく常態 初期オルガヌム感
導音 終止直前だけ半音上行(musica ficta)、ほかでは現れない 機能和声にならない
リズム 自由リズム、または 6/8 系(モーダルリズム第1旋法)。シンコペは少ない 拍節以前の浮遊感

用語集

音程の記号

中世の終止形などで頻出する、2音間の距離(音程) の表記です。接頭辞 + 数字の組み合わせで書きます。

接頭辞の意味:

記号 英語 日本語 意味
P Perfect 完全 完全協和(神聖視):1・4・5・8 度
M Major 不完全協和または不協和:2・3・6・7 度
m minor 同上、半音狭い
d diminished 完全より、または短より半音狭い
A augmented 完全より、または長より半音広い

数字は音名の距離です。C-D-E-F-G-A-B が 1〜7 度、オクターブが 8 度です(C→A なら「C, D, E, F, G, A」で 6 度)。この記事に出てくる音程は次のとおりです。

記号 読み 中世での扱い
P1 完全1度(ユニゾン) C-C 完全協和、終止の解決先
m2 短2度(半音) E-F 不協和。フリギア固有の暗さの核
m3 短3度 A-C 不完全協和(暗)。⑥-2 で使用
M3 長3度 C-E 不完全協和(明)。中世は主用しない
P4 完全4度 C-F 完全協和。平行オルガヌムの基音程
P5 完全5度 C-G 完全協和。空虚5度の核
M6 長6度 C-A クラウズラ・ヴェラ ⑥-1 の直前
P8 完全8度(オクターブ) C-c 完全協和。最終解決の核

完全(P1・P4・P5・P8)が神聖、不完全(M3・m3・M6)が通過点・補助、不協和(m2 など)が解決を要する音――という階層になっています。これが冒頭の「整数比=神の秩序」に由来します。

中世音楽の用語

用語 原語 意味
フィナリス finalis 旋法の終止音。曲が最終的に着地する音(Dorian なら D、Phrygian なら E)。
テノール(朗唱音) tenor (reciting tone) 旋法の第二の中心音で、詩篇句が繰り返し歌われる音。フィナリスの5度上が多い(Dorian なら A)。
テノル(声部名) tenor (voice part) 13〜14世紀のポリフォニーで聖歌の定旋律を持つ低声部。同じ「テノル」でも上とは別概念。「保持する(tenere)」が語源。
カントゥス cantus ポリフォニーの最上声。「歌う」の意。装飾とメリスマを担う中心声部。
コントラテノル contratenor 13〜14世紀ポリフォニーの中声部。「テノルに対する声部」の意。
musica ficta musica ficta 写本に明記されない、演奏者判断による臨時の半音化。終止前の導音化(C→C♯ など)が代表。
クラウズラ・ヴェラ clausula vera “真正の終止” の意。中世の正規終止形。両声が完全協和へ収束する。
メリスマ melisma 1音節に多数の音を当てる装飾的な歌唱。
オルガヌム organum 9〜13世紀の最初期の多声音楽。聖歌に1〜3声を加える書法。
ディスカントゥス discantus 音符対音符で両声部が等価に動く13世紀の書法。
ホケトゥス hoquetus 旋律を声部間で交互に分断する「しゃっくり」技法。
アイソリズム isorhythm リズム型(タレア)と音高型(コロル)を反復して構造化する14世紀の技法。
タレア talea アイソリズムのリズム型。「ひと切れ・断片」の意。
コロル color アイソリズムの音高型(旋律型)。「色彩」の意。
ランディーニ終止 Landini cadence 14世紀の装飾的な終止。カントゥスが導音→第6度→主音と下方へ迂回する。

次の時代

続きはルネサンス(1400〜1600)です。ここで「不完全」とされた3度が、主要な協和音程に変わります。

参考

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